Diaries written in September 2019.
覚悟はしていたが,日記というものはつけなくなると一瞬でつけなくなる.
ようやっと業務に余裕が出てきた…というほどでもないのだが.
最近は電車の中でのろのろとモナドに関する論文を流し読みしている.あたらしいことを身につけるのに時間がかかる性分な(のだと思っている)ので,たぶんこの勉強が芽を吹くのははやくて3年後くらいだろう.
はて,そんなときに役に立つのだろうかと思ったが,そもそも私は「役に立つ(から勉強しよう)」と言われた瞬間に勉強するのをやめるへそまがりなので,気にしないことにした.
のみかいだった.オタク話をしたがる役員さんの話を拾いまくっていたのでたのしかった.
天気の子のほうがヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝より良かったと言っていて,わかりあえないですね,という話をした.私はヴァイオレット・エヴァーガーデンのほうが良かったと思う.
あと,酒の勢いで「たいていの個人の信仰に対して口をだすことはしないが,リズと青い鳥が百合だと主張する,これはゆるせない」という旨を述べたところ,まさにそれこそ宗教だと怖がられた.もっともだと思う.
とはいっても傘木希美は鎧塚みぞれを人間として好きではない(と私は解釈している).愛情が全くないかと言われると,そうも言えないと思うのだが,しかし希美が第一に思い入れているのはみぞれの人格ではなくて演奏技術であることは無視できないと思う.そこに決定的なすれ違いがあり,安易な百合物語として消費することを躊躇わせるだけの精神的な重さがある,と私は思っている.
技術書典(池袋)と歌姫庭園(蒲田)とサンフェス!(有明)があったので,全部行くのをあきらめてふたつだけ行った.たいへんつかれた.速水奏さんの本をたくさん買った.
私の家でおさけをのみながら伊藤計劃「ハーモニー」の映画の鑑賞会をした.
会というわけなので,私の家に私以外の人が存在したのだが,その人は本編の途中で寝てしまっていた.
映画自体は非常に骨太だなあ,という感じだった.(どんな映画でも私はだいたいそうなのだが)1回目ではストーリーを追いかけるのがやっとで,描写の細かい意味などを考えている余裕がなかった.
たとえばやたらとたくさんペルシア絨毯が干されているシーンだって,絨毯に何かしら裏の意味を込めているのだと思うのだが,それが何なのかさっぱりわからない.いや単なる見栄えですと言われたらそうですかとしか言えないのですが…
その後,寝ているのを傍目に,「空の境界 殺人考察(前)」を見た.俯瞰風景のときの式と,殺人考察(前)の織/式は微妙に違う人格をしている気がしたけれど,私の気の所為だろうか.
最近仕事が立て込んでいて,ようやっと日記が書ける程度の余裕を快復した.いや,実際には日記を書くことが不可能になるほど立て込んでいたわけではなくて,単に携帯の画面を見てなにもしないという時間が長かっただけなのですが………
(私に対して)先生/教育系が向いてると思う,という発言を複数人から受けたことがあるのを思い出した.
私のどのような点がそのように思わせるのかよくわかっていないが,ある面ではエンジニアより向いているところがあるのかもしれない,というところでは否定はしない.
一方,教職の忙しさは単純に嫌だなぁと思うし,子供の前で大人の建前を演じるのは私には絶対に向いていないと思う.
また,私が他人と交流する場合は過保護か完全放置の二択になりそうな気がする.そのバランスの悪さが吉と出るか凶と出るか.
めずらしく長く昼寝をした.
友人と後輩を家に招いてピザを食べた.「自宅に友人を招く」という行為を久々にしたような気がする.
家に大量の(といっても本棚は2つしかないのだが)本があること,それなのに冷蔵庫がないことをたいへん驚かれた.
と言いつつ,最近は忙しさにかまけてあまり本もきちんと読んでいないのだが.
チームに来ているインターンの方がとても優秀で,私が教えることがないどころか色々教わっている.
同じチームの人とお酒をのんだ.うちの会社の新卒は人生二週目っぽさがあってずるいというコメントを貰い,ウケた.
他の会社をほとんど見ずに内定を決めてしまったこと,仮に見ていたとしても他人のことをあまり見ないことが原因で,自分が人生二週目と呼ばれ得るようなところにいるのかさっぱりわからない.
評価されていること自体は素直に受け取ればよいのだと思うけれど,その評価に甘んじて勉強を辞めてしまうようなことがあってはならないので,ある程度内心では厳し目に戒めておいてもよかろうと思っているが,この格律が正しいかどうかも,はたしてわからない.
情報幾何の勉強会にでた.丁寧な計算ぶりを見せて頂き,頭の下がる思いをした.
それはそれとして,研究者として生きていく上では情報幾何よりも先に勉強しておくものがたくさんあるというツイートを見た.そのとおりだと思う.
仕事として取り組む上では「知らないと致命傷になりやすいものを知っておく」ことのほうが遥かに大事だろう.
なんだかんだで気になっていることとして,この日記を読んでいるような人はどれくらいいるのでしょう?
たぶんログを取ってよしなに表示すればわかるのだと思うのだが,めんどくさいのです.
「社会に出る」という言い回しは,「子供も,学生も,社会の構成員でないという主張を暗黙に認めている」ということから,使わない,という人をたまにみかける.
私も例に漏れず,そういうたぐいの人間である.
会社づとめをはじめて,5ヶ月ほど経過した.学生気分は,少しも抜けない.